昭和五十六年十一月二十三日 朝の御理解
御理解第五十節とかく、信心は地を肥やせ。常平生からの信心が肝要じゃ。地が肥えておれば、肥えはせんでもひとりでに物ができるようなものぞ。 いよいよ、お-、信心による心が豊かに大きく、お育てを頂かなければなりません。え-、ひとりでに物が出来るようなもの、と。兎角、信心は地を肥やせ、と。勿論、心を肥やせという亊でしょう。心を肥やさせていただく、豊かにさしてもらう、いよいよ大きくおそだてを頂く亊の為に、日々このようにして、御理解をお互い頂いておるのでございますが、うん-ん、ただ、頂いておるだけではそれこそ、耳だけが豊かになっていくと、ね。心は豊かになりません。ね、いうならば、信心が高尚になってまいりますけれども、やはり自分の心にやはり教えを頂かなければ、心は肥えもしません。大きくもなりません。 豊かな心の世界に住んだら、豊かな物にも、金にも、お-不自由せんですむような、おかげを頂きたい。 昨日は戎浦さん所の恒例の謝恩祭が、あ-、有り難い沢山な人のお参りと本当に見事な、あ-、神様のお部屋。そして、奉斎。そして、私共四名でのお祭りでございましたが、本当に神様を御中心に申しあげた家庭。しかも家庭の者が一家勢を揃えての信心というのは、ま、こういうものであろう。、また、こういうおかげも受けられるのである。という、ひとつのまあ、小さい見本のようなものを感じました。。え-、本当にも子供達に至まで、夫婦は勿論の亊 、一家中の者が勢をそろえて、もう一切が信心、一切が神様と、いう所に焦点を置いての御信心ですから、成程おかげを頂けるはずだと、去年、一昨年でしたかね、見事な御普請が出来ました。お庭も、もう年々やっぱ、手が入れられて本当にそいこそ、京都あたりにあるような、京風でしょうかね-。お庭が見事です。 どうしても一つ、一家が勢をそろえた、ね、信心でないと、いわば何ていうでしょうかね。おかげに傷をつけるような亊がありますから、え-、どうしても勢をそろえて、いよいよ豊かに大きくならせて頂く亊の為の信心を頂きたい。え-、夕べあちらから帰らせて頂いて私はすぐ休ませて頂いたんですけれども。今朝から、ここにお届けがしてある。そしてあの-、いわゆる戎浦さんの奥さんのお母さんになりますね。石川のお婆ちゃん、ね。もう八十三才でしょうか。それこそ宮崎、え-宮崎県中を回られるんですからね。そしてほんなら、この頃の五年祭には三百二十五名からのお弁当が足りなかったという程しの信者が集まって、盛大な御大祭が仕えられる。そのもとというのは、お婆ちゃんの御信心に、いわゆる一粒万倍ですよね。そのお婆ちゃんに鍛えられておられますから、戎浦さんとこもなかなかやっぱり、お婆ちゃん流儀の信心ですけれども、お祭りが終わって他の方達がご挨拶に出て来ました時に申しましたが、戎浦さん、あ-たんとこはもう、御婆ちゃんの信心を継承するという亊だけに一生懸命になったらいいね。ち、言うて申しました亊でございます。もう信心は頂いてるけども、本当にあの-、いうならば迫力というかね。もうおかげを頂いて有り難いと思うとります、と言う亊だけではなくて、その有り難さがそれこそ教祖金光大神のお言葉じゃないですけれども、この方の道は喜びに喜んで開けた道じゃから、喜びには苦労はさせん、とおっしゃる。ね、おかげを頂いて有り難いと思うとります、というのじゃなくて、もう有り難い、有り難い、いわゆる、喜びに喜んでおると、じ-っとしておるのでなくて、その喜びがねいうならばそれこそまあ、示現活動に参画して、もう八十いくつにもなるお婆ちゃんが、もうあちらがお祭りをすんで宮崎支部長が御参拝しておられましたから、支部長が夕べ帰られるというので、もうその車に乗って宮崎の方へ代えっておられる。今日は何かあちらで信心の研修会があるというので、も、それにおかげ頂きたいからというて、昨日お届けがあっとりましたが、ここにお届けがしてある。石川ソノ、え-、帰途、帰る道もどうぞ、お願いいたします。と夕べもう、帰ってられるわけなんです。本当にその-、喜びに喜んでというものがなからなければ、なかなか本当の示現活動に参画する亊も出来ません。ただ、自分が助からなければならんから、こうやってお話をして回るというのとは駄多めがちがう。昨日、椛目の妹が申しておりましたが、二、三日前にキリスト教 の御信者でしょうね-。子供さんを連れてそして本を売りに回っておられる。そしてもう、お話をされ、話を聞いたらもう、素晴らしい話をされる。いや-、実は合楽教会の信者でこうやって毎日、日参させてもろうて、有り難い教えを頂いておるから、というてその教えを聞いてもらおうと思うけれども、合楽の信心を頂いてもらおうと思うけど、とても、とても歯のたつだんじゃない。もう、そりゃ、素晴らしいお話をなさる。と、どちらからですかときいたら、ここの合楽の部落の方だったそうです。ね、そして、そんなに有り難い神様ならば、どうして活動なさいませんか。と言われたのには、一言もなかった。と妹が申しておりました。ね、そういう有り難い神様を頂いておられるなら、どうしていわゆる示現活動をなさらんか、という意味なんです。ね、これはね、今申しますように例えば、キリスト教の伝導して回られた方達はおかげを頂いとるか、頂いてないかし知らんけれども、兎に角、そう、御本を売って回ったり、お話をして回るのが商売なんです。商売と言うのも何だけど、ね。喜びに喜んでと言う亊ではない。いうならば、子供さんの手を引いて、折りから降りかかったおしめりの中に濡れながら帰ろうとされるから、あの傘をお持ちなさいという。傘はいつでもいいです。お返しして頂けばいいのですから、傘をお持ちなさい。持って御帰んなさい、、と言うた時に、非常に、兎に角お話をなさって、兎に角キリスト教の信心はこんなに立派ですよ、と言って帰られようとするその人が、傘をもって行けと言われたときに非常に感動を現わされたのを感じた。と、昨日妹がここでお届けをしておりました。親切と言う亊は有り難いな-、と私は思いますですね。大体、私の妹はそんな風な人なんです。けれどもね、その喜びに喜んでと言う所がないです。喜びは深いんですけども、ね。人に親切にするといったような亊は、ですけども、石川のお婆ちゃんのように、ね。そう喜びに喜んでという所がないんです。ね、どうしても私はお道の信心は、ね、その喜びに喜んで、じっとしてはおれない。もう、八十三歳にもなられるお婆さんがあのお祭りの為にはずいぶんと、年寄りなりに御用なさったでしょう。そしてお祭りが済んだら、もうその足でまた、宮崎までもの長い道程を自動車に乗って帰られる。そして今日はあちらの信心研修に参加しなきゃならんと言う亊です。もう、驚くばかりですよね。いっしょにここに、こんな書いたものがここに置いてありました。おそらくこれは熊谷さんじゃないですか。書いてこれは、私が昨日から話しとる。あの杉のお婆ちゃんに書いてさし上げた、これは表装して額かなんかなっとる、お詠です。これはまあ、兎に角、何不自由のない生活をしておられるそのお婆ちゃんが兎に角、淋しゅうて、淋しゅうてといわれる、その亊に対して頂いた、これは御教えのまあ、俳句みたいなんです。読んでみますとね。  『哀楽の 心も老いぬ 冬籠り』と。哀楽と言うのは哀しい楽です、ね。哀楽の心も老いぬ冬籠もり、という。そすとこれは熊谷さんに対して頂いている御理解。  『合楽の 心もうれし 冬支度』冬籠もりじゃなくて、冬支度をしよるわけなんですよね。この合楽は合楽教会の合楽。同じ八十何歳のお婆さんの心の状態ですね。どうでしょう、皆さん。八十になっても、八十五になってもです。いうならば、ほんとうに合楽の心もうれし、と言う信心。いわゆる神様と氏子とが拝み合うていけれる信心。兎に角、もう朝参りはせずにはおれない、と言う信心。これは熊谷さんの信心。ね、合楽の心もうれし冬支度。ね、哀楽の心も老いぬ冬籠り、という、ね。お互いが信心の道を歩かせて頂いとりますけれどもね。どういうふうに育っていってるだろうか。本当に一年、一年有り難うなっていくと仰せられるけれども、一年、一年有り難うなっていくところの手立てが、いや、そういう信心が出けておるだろうか。そして喜びに喜ぶと言う信心になれるだろうと言う確信を持った信心が出けておるだろうか。これは何か、額にしたいからと言うので書いて差し上げた教えなんです。 「身に余る おかげの世界に住みながら 何故に起こる この淋しさは」というのですね。 二番目は 「報恩の心をおこせ 喜びは、ね報恩の心をおこせ喜びは 願わずとても 自ずから湧く」とあります。ね、恩に報いると言う心をおこしたら、喜びは願わんとても自ずから湧いてくるもの。してみると私共が報恩の生活というかね、恩に報いるという恩そのものを実感してはいないのではないか。ね、報恩の心おこせ喜びは、願わずとても自ずから湧く、ところの喜びに触れたい。 「この喜びは あの世までももって行かれて この世にも残るものぞとし悟れがし」とあります。そういう喜びこそが、あの世にも持って行け、この世にも残しておけるんだよ、と言う亊なんです。ね、持って行けるものは他にない。もうそれこそ自ずから湧いてくるような信心の喜び、その喜びというのはね、報恩、恩に報いる心を起こせとある。そして最後に 「小さな亊にこだわらず 大きな亊にこだわらず 天地のように生きたい」そういう願いをもてと言うのである。天地のように生きたい、為には天地の心がいよいよ分からなければならない。小さい亊にこだわらず、大きなことに驚かず、ね。天地のように生きたい。為には天地の心を心とする。天地の心をいよいよ分からせて頂こうとする。昨日の御理解でいうと求道という亊になるのです。 昨日、戎浦さんとこに参りまして、神様にお礼申さしてもらって、一番口に頂いたのは大きな、大きな水瓶でしたが、その、そん水瓶でしたけど、水瓶から私が連想した亊なんですけれども、それは私共が北京に住んでおる頃、ね、今の中国です。住んで下ります頃に戦時中にです。何か宣板かなんかのポスタ-が北京の町々に貼ってあります。それにね、皆さんもご承知でしょうか。大きな水瓶の渕でいわゆる小孩図がこう遊んでおる。過って中に落ちる、それを機転の利いた子供がその瓶を割って水を一緒にこう助ける、と言う、その何かそういうなが、支那の物語にあるわけですが、そういう絵を、ね、もじって書いてあるんです。中に落ち込んでおるのが中国の子供。それを割って出しよるのがこう軍服を着た日本人の子供なんですね。子供がそのだから中国を助ける。今の中国を助けるのはもう、日本より他にないのだ、という亊を私、その当時はそれを本当にそうだと思っておりましたから。夕べ、そのことの、亊を頂いてですね、そのことを連想さしてもらって、本当に中国の人達がその絵を見てから、どう、思っただろうか。成程そうです、というふうに言わなければ折り合いがつきませんから、言って追ったでしょうけれども、支那の、中国の人達は心が大きいですからね。日本人のようにこしごししてません。けれども実際、心の底ではですね。その何を言うと言ったようなものがあったのではなかろうかと思うのです。いかにも日本軍が助けるんだと言う、そのまあ、絵なんです。それを誰にも分かるようなポスタ-がね、貼ってありましたのを、私連想さして頂いたんですけれどもね。例えばお互い、一生懸命、人のお導きをさしてもらったり、ね、または助けてあげる御用に使うて頂く。私はあの-、石川さんのお婆ちゃんの信心を昨日もそういっとられましたが、御用にね-。使うて頂くという亊が有り難いと言う所に素晴らしい、例えばあれだけの人がお婆ちゃんのお導きによって助かったらです。私があそこも導いた、あそこにも話に行った、といったようなものが出てくるんですけれどもね。それでは丁度、支那の私が今、夕べ感じたそんなようなものでは、確かにそうなんです。あなたのお導きによってこの人が助かったんです。それを、けれども私の導きで助かったとかこう言われるとね、何か嫌な感じがするのではないでしょうか、ね。 今日、私が皆さんにその喜びに喜んでというその心が、人にも伝えずにはおれないという信心、そういう信心にいよいよ自分の心が豊かになっていくという亊は、私が、という所に豊かにならんです。神様のおかげで、神様に使うてもろうておる、という亊が有り難いという心こそが、私は豊かな心だというふうに思うんです。次に頂いて、これは伝えもしませんでしたけども、真っ直ぐにこう見事な大根を頂いたんです。大きな、そして葉がいっぱい、こう、いわゆる、はばかりながら、しっぽけな-というけれども、しっぽけがないじゃない。もう立派な大根なんです。それに葉が青々としておる。こうしこっておる。その青々、そう半分な所から、プツ-ッとこう切った所を頂いたです。ははあ-、これはしかし、まあ戎浦さん一家が感じなきゃならない亊だなと。どこを見ても成程、真善美にいうなら、輝くようなお家に住んでおられる。だから、まあ信心が立派な大根という亊は、まあ大根という亊は大きな根と言う亊でしょうが、その根にふさわしい、ほんならおかげが今日の戎浦家に現れておるのだけどもすこしは、葉が大き過ぎる。葉っぱの方がね。はばかりながらしっぽけな-じゃないですけれども、根よりも信心よりもおかげの方が頂きすぎてるるんだと言うて、神様がスパッと切んなさった、と言う所にです。今日の戎浦さんの今後の信心の目指しと言うものがなからなけりゃならんのだと言うふうにまあ、思いましたね。いよいよ大根です。いわゆる大きな根です。 ね、兎角信心は地を肥やせと、ね。地を肥やしておけば、一人でに物があ出来るようなもの、と言うようなおかげの世界に住まわんと、ね。財産は出けた。家はお城のようなお家に住んでおっても健康であっても、ね。段々年を拾うていくに従って、淋しゅうなってくる。哀しい楽になっていく。これはもう、人間誰しもそうではないかと思うんですけどね。信心を真の信心がなかったら、ね。所がこのいわゆるね、合楽の心もうれしというようなね。神様との間にいうならば、お話合いが出けるような、神様がお礼を言いなさる程しの、ね。神さあ有り難うございます、ね。氏子有り難うと神様が言うて下さるような、神様と合楽し合うていけれるような世界が顕現されてくる信心。心もうれし、冬支度である。そういう信心にお互い御育てを頂く亊のためにですね。いよいよ心を豊かに育てていく信心の基礎と言うのを、まあ、しっかりしなければならない。 段々分からして頂く亊はいうなら天地の大恩である。ね、そこん中に一切の恩があるのです。ですから天地の大恩が体得出けて、報恩の生活が出けるようになるとです、一切がお礼の対象になるのです。もう、自ら願わんでも心に喜びが湧いてくるというこの詠の文句じゃないですけどもね。そういう私は信心をいよいよ身につけたい。そして一人でに物が出けるようなものぞ、と教えられますようなおかげを頂きたい。勿論、一反のたんぼから頂くおかげよりも、ね。一町なら一町のたんぼから頂く。為には心をより大きく広くしかも豊かにしていく精進こそが望まれる亊になるのです。ね、もう一遍読んでみますから、このどちらをたどっておるか、と言う亊ね。 「哀楽の 心も老いぬ 冬籠もり」 「合楽の 心もうれし 冬支度」 ねそういうところのいわゆる信心しとっても信心のまあ、岐路というかね、別れ道にお互いにいつも立っているとおもってね。いよいよ心を豊かに大きくしていくおかげを頂き、小さな亊にこだわらず、大きな亊に驚かんですむ、天地のように生きたい、と言うこの願い。いわゆる天地日月の心の芯をいよいよ分からせて貰うて、天地日月の心を身につけていく、ね。ほんなら、天地日月の心とは、と願いを立てますと、合楽理念にその亊がある。いよいよ誰でも、その気になれば頂けるように解いてあるのが合楽理念です。 ね、天地のように生きたい。素晴らしい言葉ですね。どうぞ皆さん、天地のように生きたい。そういう願いをたてたいですね。                 「どうぞ。」